碁盤を囲んで

詩の碁の言いつつ、笑いを求め、碁友と遊ぶ日々。

会えて、よかった。

2011年暮れに、碁会所に貼り出したコピー。J-POPの王道手法をパクり、小田和正的こっ恥ずかしさで仕上げた。目的語を伏せると、受け手は自分の物語を想像できる。囲碁に、妙手に、名局に、棋友に、笑顔に、お店に、あたらしい自分に・・

 

会えて、よかった。

 

>会話を促す情報はあるか?
仲畑貴志氏の視点を知り、すぐに作ったもののひとつ。

 

語らいには、互いを認め合い、情緒を安定させる機能がある。碁言絶句をきっかけに会話がすすめば、利かした言葉は忘れられてよい。コピーは変わらずそこに在り、新たな棋客を待つ。触媒は、今日も淡々と T.O.N. を重ねてゆく。

 

碁人が口伝するとき、DNAの自己複製にみられるような厳密さは要求されない。むしろ、伝え手と受け手それぞれの個性と、二人の関係によって、意味づけがゆらぎ、ずれてゆくことに意味がある。こうして、碁言絶句は触媒機能を越えて増殖を始め、時に変異する。