碁盤を囲んで

詩の碁の言いつつ、笑いを求め、碁友と遊ぶ日々。

Last Seoul

♪ Last Seoul

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原曲は、LOVE PSYCHEDELICOの「Last Smile」。英語と日本語が混じった韻遊び要素満載の傑作。読み込むほどに悲しみに染まる詞の世界を、淡々としたリズムセクションが際立たせている。ギターはストラトだろうか、歌とのバランスに細やかな配慮が伺え、クラプトンも匂う。この曲が収められた『The Greatest Hits』は、発売当時、通勤の車でほぼ1ヶ月聴き続けた。先日の「SONGS」を契機に、「Last Smile」を久しぶりに聴きこんだ。絶句は、アルバムのextended version ではなく、シングルversionにのせて編んだ。
抱きあえる喜びは過ぎ去りし→シチョウアタリの連想がトリガーとなり、「ハマの名」(原曲「花の名」BUMP OF CHICKEN)で取り上げた第55期本因坊戦第一局に想到した。二日制の七番勝負は、棋聖、名人、本因坊の三大タイトル戦に限って与えられる場で、タイトル者は無論、挑戦者も当時一番打てている棋士だ。それぞれの棋士人生、対局場と周辺環境が湛える歴史を背景に、前夜祭、対局室検分、封じ手、昼食、おやつ、秒読み、大盤解説会、テレビ・ネット中継、打ち上げなど、描く材料が豊富だ。脇役も、立会人、記録、読み上げ、解説棋士観戦記者、カメラマン、仲居まで揃っている。この対局は、2000年5月に韓国ソウルで打たれた。手がかりが多く、碁音絶句に仕立てる作業は楽しかった。

 

♪ シチョウかわしてる喜びは過ぎ去りし I never look at edge
胸の中 打てぬまま 悲しみ came from sitin’趙 辺り

碁打ちの感情は喜怒哀楽の順で勝負に悪影響を与える、と江崎精致は書いた。シチョウアタリの局面は、辿る視線を予兆に、気づいた瞬間の表情の変化を愛でることが可能だ。中山典之棋士は、坂田のヨミが「そんな端までヨムのか」なら、木谷のそれは「そんな先までヨムのか」であろう、と表現した。”look at edge” は、前者に通じる。末尾は、”シチョウアタリ” に音を重ねた。羽生善治は、相手の失着をみると、溜息をつくようなときがある。「この将棋をもっと指し続けていたい」という望みが断たれたからだという。敗者は無論悲しいが、その意味で趙も同様だろう。しかも、趙治勲の連覇を10で止めた男の初防衛シリーズの緒戦だ。落胆は計り知れない。

 

♪ 嫁が泣いたって 一人ボヤいたって
仲居 change your tea ソツがない 趙 注がない

ボヤきたい内容は、奇書『我間違える ゆえに我あり』(毎日コミュニケーションズ、2005)の第一章「シチョウは忘れた頃にやってくる」に詳しい。寄書と添えたが、奇才が本音を書いた、の意だ。59手で投了となったこの碁、悲喜劇の原因は、中程で打たれた黒29ツケだと説明されている。そして、王様=銘エンが ”トゲ効果” と名づけた黒29の醸しだすオーラによって、視界がその近傍に限定されたとし、同時に「右上には自分が築いた強い白の壁が控えている」、という言語認識が安心をもたらし、その方面の目視確認を省かせたようだ、と結論づけている。二行目は、仲居さんの所作に救われた。当初、バイリンガルフレーズに身構えたが、語・音の選択肢が増え自由度は高い。さらに言えば、文脈を破壊するほどの異物を混ぜても、ギミックとして許容されやすく、遊ぶには格好の対象だ。

 

I may be 君の手のひらで踊る団子 style ポカならもう・・

スベって逃げ出したい noon 絵にならない First day

囲碁が湛える語彙の広さは、ビジュアルの抽象性に起因している。白と黒の二色で、形状もシンプルなため、例え、准える対象を選ばない。僅か361画素とはいえ、「Gift」(Mr.Children)で歌われたように、二元の間には無限の色彩がイメージ可能だ。また、部分のエピソードと全体の調和に導かれる時系のうつろいが、物語性を伴うノンフィクションたらしめている感があり、巷にあふれる現実にも創作にも馴染ませ易い。『類語新辞典』(角川書店)の語彙分類マトリックス10×10を眺めると、100枡のどれを想定しても、囲碁に関する何かしらの言葉、話題が即座に浮かぶのだから、"tango" という特殊なジャンルなど、"団子石" で軽く受けとめてしまう。2行目は、二日制にもかかわらず一日目で早々の投了となった顛末にハマった。「Last Smile」のリリースが、この碁が打たれた2000年であることも、小ネタとして記憶したい。

 

I wish if I could see the direction of 気分
I don’t know the color of heart, but there’s in prison

文末の押韻が印象的な二行。英語の発音に日本語の類似音を充てるのは、「空耳アワー」の主要パターンだ。heaven の [v(ə)n] は分で、reason の [zn] は包囲網を匂わせる prison で受けた。

 

Oh!庭園から災い 春からひいてる風邪だし気怠い
いつでも鼻タレたくとも 君の目の前じゃ elleair
ただ見違えてるよな 君の confusion
ぎゃふん 花粉で涙目な loser

タイトル「Last Smile」を含む、「運命線」、「生命線」のくだりは、印象深い押韻が溢れる。原曲の ”放たれたくとも” に ”鼻タレたくとも” を充てたことで、花粉症のシチュエーションを得、解決した。nepia でなく elleair を選んだ訳は単に音節の長さであり、他意はない。


勝ちたい気持ち碁打ちやん 今でも泣きたくなる“上には上”
今にも席立ちたくとも 君は向二子でも?って smile
グレるぜ 見損じも碁やねん

聴きこむほどに、”anyway” は ”上には上” と信じた。「向こう岸」は、原詞のなかで最も重い言葉で、三箇所でリフレインされる。”向こう側” 、”向かい席” といった一般語を避け、”向二子 ” で囲碁に限定した。方言は、英語に重ねる日本語の幅を広げる小技として使える。”やねん” は ”じゃけん” でもよい。

 

逃げる体勢から air pocket ただひたむきな外への step out

今次第に消えゆくイメージは頑張る I’m feeling 潰れた

恋人を失った悲しみから立ち上がるため、より高い視点を欲するくだり。本局の負けを決定づけた白54は、その二目の頭をノビきって打てないようではダメと見える。前出の『我間違える・』にも、「戦いは白の強大な厚みに向かって進んでいる」のだから「大丈夫」という信念でノビきった、とある。言語認識は、かくも恐ろしい盲信を生むものか。第一章の終わりに、白が盤端までシチョウを逃げ続けた末に取られる図も掲げられている。じっと見ていると、取られる姿が生き物のようだ。おそらく「始祖鳥」だろう。とにもかくにも『読みの地平線』の手前に落とし穴があった。脱出を試みるが、”global” な世界を見ることなく、観念した。白56、58の二手は、気持ちを整理するためか、はたまた大竹英雄いうところの「自分を懲らしめるため」に打ち継いだのか。

 

Meien 語らず loser 今だけに留まらないような lover
果てしなく続くイメージは zone press I’m gonna find another day

恋人と、一局と、喪失感を語る言葉は簡単には見つからない。それでも他日の再起を期し進もうとする者に、信者は湧く。”zone press” は、「広い方から押し込む」王銘エンの盤上思想を、当時のサッカー日本代表監督加茂周の戦術名に重ねた語で、王の代名詞となっている。その概念を著した『ゾーン・プレスパーク』(日本棋院、2003年)は、♪ 銘エン時給30円~とラップしたくなるほど長考を重ねた労作、孤高の独創性から第21回日本囲碁ジャーナリストクラブ賞を受賞した。この本は笑えるエピソードが豊富だが、ここでの脱線は自重する。興味ある方は、こちらをご覧になるとよい。


それ追われちゃって 僕はアイタって
時は just at noon, in my weepin’ you call Mai-nichi

王銘エンといえば、趙治勲依田紀基らとともに屈指のボヤキ棋士、ぜひVTRを観たい。2行目は、原詞に沿わせるべく方便を書いた。実際の終局時刻は正午ではない。毎日新聞社の山村記者は、将棋の取材もこなし、棋道の現場経験が豊富、観戦記者の鏡のような方だ。この際も、検討室での情報収集により、情勢を心得て、対局室に詰めていた。


joke it like it you use to insei べそに濡れたって
ポカは消えない 打てない It’s so heavy

両対局者の院生在籍はともに2年間。本国で力をつけて来日したようだ。自らの失着を受け入れるのは、さぞ苦しかろう。

 

I wish if I could see the light of 非凡
I don’t know the color of 辛抱, but there’s 本因坊

本因坊は「ほいんぼう」→[hoibow]と短縮する譜割りがよい。

 

初挑戦から禍 それから憂いてる夢にもゲタ・シチョウ
すぐでも逃げきりたくとも君は目の前で See 趙 at runin’

ただ窓見てるよな君のstyle Ohアイタ!って哀れな loser

”other way” は「災い、禍」、”get a...” はゲタと信じた。2行目、「シチョウアタらん」と傷に塗る塩を添えた。

 

悔いたい気持ちが go away
今でも泣きたくなるから anyway
今にも席立ちたくとも 僕の不幸石が愚っ style
揺れる重い石よ 碁嫌ね~

二度目の「向こう岸」には、「不幸石」を充てた。石が団子のように集まると働きが悪いため、「愚形」と称する。不自由な姿ながら戦いに欠かせない重要な石は、捨て難い「重い石」と呼ばれ、打ち手はその処遇に悩む。囲碁は全て自己責任のゲーム、"碁嫌ね" は、"自己嫌悪" と解釈可能だ。

 

I wish if I would be the 本因坊
I don’t know the color of 辛抱 but there’s no 希望
I wish if we went to the round seven
Don’t 番碁 away… Don’t 番碁 away…

[bow]でたたみかけるくだり。緒戦で躓いたとはいえ、第七局までを見据えている。末行は、修造語録「あきらめるな」と意訳したい。

 

運 Meienから far away 春からひいてる風邪だし気怠い
いつでも鼻タレたくとも 君は目の前で cool soul
ただ見守ってるような君の style

Oh 苦笑い涙目な loser

終曲へ向かい、満を持して「運・・away」を繰り出し、対局地 Seoul を暗示すべく魂を込めた。3行目は原曲のままに。

 

食いたいキムチが Cho辛ぇ~ 今でも泣きたくなるから水くれぃ
いつかはマッコリ勝負だ give me a 迎い酒で last Seoul
酔える想い出も 碁やねん

一日目で早々の終局は想定外だったと察する。宴の準備に大わらわとなったか。「ハマの名」の締め同様、宴会の場面で歌い終える。重要語「向こう岸」の最後は「迎い酒」で受けとめた。末尾は、関西風味の「されど、囲碁」だ。