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碁盤を囲んで

詩の碁の言いつつ、笑いを求め、碁友と遊ぶ日々。

人間は 勘冴えるパシッ!である。

『日本語オノマトペ辞典』を購入したとたんに、これだ。絶句の作法は、音合せを入り口とする。ならば必携と思い、ポチった。擬音語・擬態語は、掛詞の守備範囲を大いに広げる。

 

あれ?思う、ゆえに粗あり” の流れで、同郷のパスカルを転がしていた。ネタを転がすとは、モチーフの語句を、遊ぶが如く、柔らかく繰り返し唱えつつ、浮かぶ言葉、聞こえる音、結ぶ映像を掬いとる、の意。夭折の賢人曰く、「人間は一本の葦であり、自然のうちでもっとも弱いものにすぎない。しかし、それは考える葦である」。

 

人間は 勘冴えるパシッ!である。

<直感こそ、人類の砦。>

 

出来上がってみると、電王戦の「人間 vs コンピューター」の構図にハマった。昨秋の囲碁名人戦を盤側で眺めた茂木健一郎が、>「コンピューターにはない直観こそが、人間の素晴らしい能力だ」と書いていた。

 

修業で培われた棋士の直観は普遍を射る、と語られるが、それぞれの固有な道程を思えば、むしろ偶有性に満ちたものと想像する。「あんな華麗になぁ・・」には、『アンナ・カレーニナ』を引き、 ”ヘボにはそれぞれのヘボの形がある” と添えた。素人も、それぞれの直観に従って打たれる碁は、棋力を問わず面白い。一流棋士の卓越性は棋風と称され、アマそれぞれの特徴は癖と呼ばれる。